すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 堀江貴文 著

すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 堀江貴文 著

現制度の学校は害悪である

堀江貴文氏の『すべての教育は「洗脳」である』は、私が教員だった頃に読んで強く感銘した
本の中の一冊で、私が思う教育の形が書かれていました。

堀江氏もあとがきで書いていますが、私も「教育」という言葉が嫌いです。

教育というのは、ある決まった雛形とも言える理想の卒業生像があり、その規格から逸脱した
生徒や学生は不適格者として扱われます。

私自身が通信制の高校で教員をやっていたこともあり、現行の学校制度における不適格者と
多く接してきました。

ところが「不適格」と烙印を押された生徒にも関わらず、むしろ生き生きと自らの夢や希望を
語ったり、その通りの道へと突き進む主体性を持った生徒が目立っていました。

そんな現場での業務経験を背景に持つ私にとって、この一冊はまさに後押しされるような、
大いなる力を貰える本となりました。

著者について

著者はあの有名なホリエモンこと堀江貴文氏。本書執筆時の状況確認も兼ねて本書の著者紹介

を引用して記載します。

堀江貴文(ほりえたかふみ)

1972年、福岡県生まれ。本音で本質をえぐる発言が人気を集める敏腕実業家。SNS株式会社ファウンダー。91年、東京大学に入学(後に中退)。在学中の96年、有限会社オン・ザ・エッヂ(後のライブドア)設立。2002年、旧ライブドアから営業権を取得。04年、社名を株式会社ライブドアに変更し、代表取締役社長CEOとなる。06年1月、証券取引法違反で逮捕。11年4月、懲役2年6ヶ月の実刑が確定。13年3月に仮釈放。主な著書に『稼ぐが勝ち』(光文社)、『ゼロ』(ダイヤモンド社)、『本音で生きる』(SB新書)、『99%の会社はいらない』(ベスト新書)など多数。

超有名人なので今さらな感じです。

堀江氏の主張としてあらゆる本や発信で共通しているのが、とりあえず動いてみたら?
というように感じています。

我慢してないでやりたいようにやってみなさいよ、という後押しをしようとしていて
行動を起こしやすくするための様々な工夫というか、アプローチの仕方があります。

そんな堀江氏の言葉、特に本書に書かれている言葉は現行の「教育」を国策としての洗脳と
断じ、脱・洗脳を促すためのものです。

大いに教育現場にて使わせていただきました。

そして私自身も、旧態然とした昭和のモーレツ社員としての奉仕を求められる職場を退職。
今は気ままに大好きな読書を一日中、そしてたまに愛車で温泉へ、という生活です。

自分の「好き」を突き詰めて、突き抜けることでそれが仕事のようになる。
この第一歩を具体的に見せてくれる体験をもたらしてくれたのが、この本です。

本書の内容について

ざっくりと大まかに本書から受け取った内容を書くと、
「教育という洗脳は国策であり、逸脱を許さず我慢を強いる社会を生み出す原因である」
という、現行の教育制度とそれに連なる労働者の問題定期提起し、
「自分自身が輝く生き方を自分で選べて、多少苦労するけどそうやって生きていける」
ということを言っているように受け取りました。

私の経験上、苦労するというのは旧い思考のクセで、それが足枷になる感じですね。

でも一旦、そうやって生きると腹を括ってしまえば、目の前の楽しいことに没頭するので、
あまり頻繁に不安に思う暇がなくなります。
もちろん、生活上の保証(貯金とか)があるに越したことはありませんが。

ただし「貯金がないから」とかやらないというのは、その理由にはならないとも言います。
やらない理由は、それが学校教育で刷り込まれた「ゼロリスク思考」というやつです。

失敗を異常に恐れるゼロリスク思考、この世にリスクゼロのことはないんですが、学校教育で
根深く潜在意識に刷り込まれています。

むしろリスクを考えないために非常にリスクが大きく、コロナウイルスが蔓延している現在、
普段からどう生きるのか考える習慣がない人がパニックになりつつあります。

人が亡くなっているこの状況ではありますが、こうした社会的な衝撃がないと、人間は習慣を
改めることが非常に難しいとも言えるでしょうね。

好きなことを突き詰めるんだけど

好きなことを好きなだけやればいい、というのが堀江氏の主張です。

彼はそもそも行動力があるのでそれでいいんです。何かされば人よりたくさんできるから、
その作業量の膨大さが他を圧倒する。

しかし凡人はどうしたらいい?となります。

本書では「3つのタグ」を組み合わせてレア人材になれと言います。
たとえば私の趣味は「読書」「温泉」「ドライブ」という、フツーのものです。
でもこれを組み合わせて「温泉本ばかり読んでる車オタクの温泉ファン」となると、

一気にライバルというか似たような人が激減します。
そのせいで同じような友達がいないんですけどね・・・。

人はみんな微妙にハマるポイントが異なります。
だから稀に一部でも重なると無性にうれしくなるんです。心の友かと思うくらい。

一つ一つは何の変哲も無い趣味であっても、それが自分流に組み合わさっているのは、
おそらく世界でも自分だけなはずです。

そうした「レア」な部分を外部から見てもわかるように発信して、そういう人物だからこそ
提供できる価値を生み出す、という生き方。

言うは易し、行うは難し。と思いますが、実際好きで没頭することを使って人の役に立つ、
人を喜ばせると言うことが仕事(収入を得る方法)になり得ます。

これからは苦しみの対価としての給料ではなく、楽しさや嬉しさなどの感動のシェアで
価値提供=報酬を受ける時代になっていくはずです。

その世界に一足先に行くためのガイドが、もしかしたらホリエモンの生き方なのかもです。

読後感、感想

日本で教員やっている人で熱心な人で、今の教育制度が子どもを病ませていると言う問題意識
を持っていない人なんていないんじゃ無いかと思うくらい、理不尽で不条理です。

私は私立学校で働いてましたが、私立は効率と違ってユニークな教育方針を実行できるのが、
その存在意義でありメリットのはずです。

しかし教育や福祉もそうですが、公共性が高くて補助金やら何だって世界は、どうしても頭の
おかしな連中が経営者だったりします。

オマエが教育を語るなよ、って言う勘違い野郎ですね。
そして大抵の私立学校は超絶ブラック企業。公立学校もヤバさが明らかになってきましたね。

社会や保護者が教育に対して求めるものが、本来は家庭や地域で行われていたものまで含まれ
るようになっています。

そうなって来ると、現行の教員は大学出の世間知らずばかりなので、キャパオーバーになって
画一的な指導しかできなくなる…と言うような問題があるように思います。

元々は現在の教育制度、教室での集団授業などは、軍隊の統制を子どものうちから刷り込む事
が起源になっています。

明治時代の富国強兵政策と絡んだ「学制」と言うやつですね。
そんな古い制度がいまだに動いている事が、もしかしたら根本的な問題なのかもしれません。

どちらにしろ、現行の教育制度ではもう社会の要請には答えられないし、教育を受ける側も
幸せにはなれません。

「今が転機である」とは常に言われている言葉で、実際に絶えず社会は変化し続けています。
しかし変化のスピードは加速しています。

変化のスピードが加速して社会構造が変わりつつある今、教育の形も従来の思考停止を強いる
ものではなく、個々が柔軟に考えられる教育を実現すべきです。
本来の「ゆとり教育」の理念はこういった教育の実現が目標でした。

しかし教育を提供する側が思考停止状態だったために頓挫し、現在では反動により厳格な教育
へと回帰してしまっているように感じます。

人が皆違うように、適切な教育と言うのはおそらく皆異なります。

そんな混沌としつつある中でも、堀江氏の主張する考え方(好きなことを突き詰める)は、
一つの生き方のモデルともなりうると言えるものです。
まずは私がその実践を通じてモデルを示せればいいな、と思って日々の活動を続けます。