読みたいことを、書けばいい。人生が変わるシンプルな文章術 田中泰延 著

読みたいことを、書けばいい。-人生が変わるシンプルな文章術

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本書『読みたいことを、書けばいい。-人生が変わるシンプルな文章術』は、まさにタイトルにあるとおり、自分が”読みたい”と思うことを素直に書けばいいんだよってことに気づかせてくれる本でした。

文章を書くとなると、読みたいこと(読み手の視点)よりも書きたいこと(書き手の欲求)を優先しがちになります。

それは独りよがりの文章となり、そこから「読ませたい文章」を書くことになり、さらに読まれなくなるという悪循環に陥りがちです。

特にブログでお金稼ごうとか、アフィリエイトで食っていこうなんて考えて文章書いていると、その傾向は特に顕著になってくるんじゃないかなとも思います。

読ませるための文章は、その意図が見え見えなだけに嫌悪感を抱かれがちですが、見るからにアフィリエイトリンクへの誘導があからさまだったりすると、その記事を書いた人へ同情してしまうほどです。

私も一時期そんな風に「読ませるための」文章を書くためにいろいろ試してみたせいか、そういう意図を持って書かれている文章がとても痛々しいものに見えてしまいます。

そのような痛い状況に陥った時、この本の視点はまさに目から鱗が落ちる思いで読み進めることができるものとなっています。

一見、「読みたいこと」を書くというのは稼ぐために書くものとは逆行するのではないかと思って抵抗感を持ちますが、本書を読み進めていくうちに本当に人に読んでもらえる文章を書くにはこうすればいいのか、という方針が掴めるはずです。

一歩引いて冷静に考えれば当たり前にも感じられる「読みたいこと」を書くということ。

シンプルな原理ではありますが、それは書きたいこととも違うわけで、やはり一旦自分の経験や知識を脇に置いて、本書をしっかり読み込んでいくことが大切と言えます。

少ない文字で的確に心に刺さってくる

本書を読み始めてから感じたことは、少ない文字で的確に心に刺さる文章を書いている事。

パラパラ眺めてみたときに文字が少ないから移動中に読もうと思って電車で読み始めたのですが、刺さるポイントが多すぎて大変、と言ってメモを取り出すのもめんどくさい…ということでTwitterをメモがわりにしていました。コピーライター恐るべし…

なんでTwitterかと言えば、140字以内での発信に限られているのでダラダラ書かずにある程度テーマごとにメモできるかな?と思ったためです。

咄嗟の判断にしてはなかなかいいアイデアだったと自画自賛してますが…。

コピーライターだからなのかシンプルさのせいなのか

「その場限りの誠心誠意、短いけれど本気の恋」など、短い文章からその背後にある意味合いや情景をイメージさせてくる文章がとても多くてしかもうまいんです。

それが仕事でずっとやってきたプロなんだから当たり前でしょって思うかもしれませんが、本書を読む目的は「文章術」の習得なわけですから、そのカラクリを解明して自分のものにしたいわけです。

とは言えここで引用した一文、どんな仕事や関係性でも大切だなあ、とつくづく想いに耽ってしまいます。

こういうのに反応するたびに自分は不治の病(厨二病)なんだなって痛感します。

随筆の定義、書く人の生活など

本書がちゃんと文章術の本だなあと思うのは、随筆という捉え所のない文章ジャンルについての定義づけを明確にしようとしているところがあります。

随筆の定義とは、事象と心象が交わるところに生まれる文章、とのこと。

定義がハッキリすると、その対象物の扱いについてもしっかり手応えが得られるというか、自信を持って扱うことができるような気分になるから不思議です。

こうした定義づけがなんとなく曖昧なまま放っておくケースが多く、また大きな問題にもならず指摘もされませんから、ここで随筆というぼんやりした文章表現のジャンルが確定させられたのは大きな影響があるように感じます。

また、本書がいわゆる一般的な文章術の指南本とも異なるところが、書く人の姿勢やあり方についての記述も散見されるところです。

特に印象的だったのが、「深夜、暗い部屋で腰の痛みに耐えながらキーボードを打って、自分で書いたものに自分で少し笑う、それが「書く人」の生活である。」 という部分。

まさに自己満足で書いてる読書感想文のブログがコレなのです。

ウマイこと書いた(つもりになって)フフッ…となるときの小さな幸せが嬉しいのです。

インプットする感性への認識の深化

読みたいこと=読者が必要としている情報、という風に私は認識していますが、この本に書かれていることは本当に私にとってはどハマりする内容ばなりです。

”「つまらない」「わからない」ことも感動のひとつ”という視点や”深堀りすることで正しい批評として機能する”という、言語化することによって明確に認識できることが、まさに目を開いてくれる刺激となります。

また、”その時の文章には“愛と敬意”が必須”というように、「正しい批評」とはどうあるべきかという、なんとなくのニュアンスではない、明確な言語化された概念として説明されているところに私の感動ポイントがあります。

そして、”文章の中心にこれらがあればこそその批評にも意味が生まれる”、まさに批評することが非難にならず、書き手に対するリスペクトを表現することにもつながるようにもできる、と。

そんな敬意を持ちつつ、事象に対する書き手の心象の表出が、まさに随筆であるという。

だんだん複雑な感じになってくるんですが、何かに対してどう感じたのかを表現するときに、その何かに対する敬意を伴った表出が随筆ですよ、ということかな。

思考の過程を披露する

文章のプロが書く文章術の本なんだから当たり前なんですが、いちいち感動するんです。

「事象に出会う。感動したり、疑問に思うなどの心象を抱く。そこから仮設を立てる。調べに行く。証拠を並べる。考える。その時点での結論を出す、思考過程の言語化。過程の中身も説明して、読者も結論にたどり着く道程を追えるようにする。」

この部分についても、このプロセスをそのままリアルに文章にして発信すると、随筆としての形がしっかり作れるのではないかと思うのです。

これまでの自分が書いてきた文章なんか、全然文章の体をなしていないのではないかと怖くなるほどです。

「編集」とは過不足がない状態にすること

これだけは伝えたい、ということはトピックとして拾い上げること。これがその文章のメインテーマというか主題になります。

そのトピックにたどり着くまでの過程を手順を踏んで説明するときに、多くの人に理解できるような詳しい説明を行うのが、長い文章を書く意味だとも言います。

だからタイトルとかカテゴリ分け(トピック決定)が大切だということになります。

こういう視点を持ってタイトル決めとかしないと、確かになんの文章なのかがよくわからなくなります。今まで知らなくてなんとなくタイトル決めていたのは、周囲の人もそれをしらなかったせいだ…と思いたい。

そして、ここからさらに深堀りしてトピックに至る過程を記述することで、本文の完成へ。

こういう本を読んでいちいち感動している私のレベルが低いのか、それともこの本の読者がそこまで心に響かないのか、あるいは自分の交流が極端に狭いのか。

自分だけ感動してる状態にやや不安を感じ始めました。

どう書くのか?起承転結の型

「起承転結は発見、帰納、演繹、詠嘆。随筆を書くのにこのコード進行が最も効率がよい」という視点。

今まで起承転結の決まり事に対して、そんなこと思いもしなかったのです。

型があるとは、そうすることで効率よく再現性を高められるっていう先人の知恵なのだなあと改めて思います。

武道や慣習なども然り。まずは型通りにかけるよう鍛錬し、できるようになってからやっと自分の形を模索していく流れなんですね。

書くのはまず、自分のため

「私が触れた事象は自分だけが知っている。抱いた心象は自分だけか憶えている」という当たり前だけれども忘れがちな真理。

この事実があるからこそ、個人が書いているちょっと変わった視点からの感想文などの存在意義が生まれるのです。読まれるか否かは別として。

書くことは世界を狭めること、というのは可能性を殺して事実を固定すること、成長のための選択にも似ていると言えます。

無限の可能性とは、まだ何者でもないということとも言うことができるのと同様で、文章に当て嵌めたらまだ言語化される前の認識できない状態のことでもあります。

そう考えると、自分だけの世界を他者へ共有するために、自分視点で切り取って言語化した世界を取り出すこと、そのオリジナリティを確定するために文章を書くんだとも言えます。

なんだか同じものを感じているのに別の表現が出てくるっていうのは、より一層世界を味わう楽しみや深みが増すように感じます。

まとめ

「読みたいことを、書けばいい」という、なんだか好きに書けばいいじゃないの、って言いそうな本ではありましたが(実際に著者はそれがまず土台にあるようですが)、読みたいこととは書きたいこととは違うんだよってこともわかりました。

ただし文章を書くための鍛錬(世界を鮮やかに感じとる感性やそれを切り取る視点、そして表現する技法)を重ねていくうちに、読みたいことと書きたいことが一致してくるのかな、とも感じられる本でした。

いつも文章術の本やノウハウを読んだりすると、なんだか堅苦しくて窮屈な印象を受けてしまうのですが、この本ではそういうことが一切ありませんでした。

やはりそれは、基本的には好きなように書こうよ、という姿勢があり、その上でじゃあ実際にどんな風に受け取ったものを表現するの?というステップに移っているからだと思います。

あとは著者自身が、この本を書くに当たってそこまで力んでいない、自然体に近い状態で書き上げたような雰囲気も感じました(勘違いかもしれませんが)。

そんな色々な要素が影響してか、ここ最近緩みっぱなしの私に対してもすんなり本書の内容が入ってきたのかな、と思いました。

とてもためになる本でした。

あとはこの本で学んだことを文章に取り入れていくことが大切なのですが…それにはやや時間がかかりそうです。

少しずつ、焦らず確実に、自分のモノにしていきましょう。

奥付

2019年6月12日 第1刷発行
2019年9月12日 第5刷発行

著者 田中泰延
発行所 ダイヤモンド社
ブックデザイン 杉山健太郎
本文DTP 一企画
校正 加藤義廣(小柳商店)・officeあんだんて
制作進行 ダイヤモンド・グラフィック社
印刷 信毎書籍印刷(本文)・加藤文明社(カバー)
製本 加藤製本
編集担当 今野良介
ISBN 978-478-10722-5