美貌のひと 中野京子 著

自然科学・芸術

美貌のひと 中野京子 著

絵画を切り口に「美とは何か」を追求した本

本書『美貌のひと』は、同時代人や後世の人間が、色々な観点から美しいと評価した絵が
掲載されています。

絵というのは本当に不思議というか多様な面を持っているな、と感じたのが、見る人によって
同じ絵を素晴らしく賞賛したり、また別の人は酷い絵だとこき下ろしたりすること。

写真だったら、多少の好みの違いはあっても、美しいものを醜いと感じたり、そのまた逆の事
は起こりにくいんじゃないか、とも思いました。

また、絵を描くときに対象を捉える視点の違いによる表現方法も興味深く、例えば女性画家が
描く女性の絵と、男性画家が描く女性の絵では観点がまるで異なる(画家個々の特徴もありそ
うですが)という点。

女性が描くとリアルで男らしいというか、性的な魅力についての誇張など一切なく、純粋に絵
として美しいと思うのに対して、男性画家による女性像はどこかエロティックな要素が含まれ
ているような印象だったりします。

そのような色々な「目」による相違を楽しむことも、絵画鑑賞の一つの楽しみです。

 

著者について

このようなユニークというか、単なる本読みにとってはとても刺激的な一冊を書かれた著者に
ついて確認しておきましょう。本書奥付より引用します。

中野京子(なかの・きょうこ)

北海道生まれ。作家、独文学者。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。新聞や雑誌に連載を持つほか、テレビの美術番組に出演するなど幅広く活躍。2017年「怖い絵展」特別監修者。
著書に「怖い絵」シリーズ(角川文庫)、「名画の謎」シリーズ(文春文庫)、『ハプスブルク家12の物語』(光文社新書)、『はじめてのルーヴル』(集英社文庫)、『別冊NHK100分de名著 シンデレラ』(NHK出版)、『ART GALLERY第5巻 ヌード』(集英社)など多数。
著者ブログ「花つむひとの部屋」https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006

絵画に関する本ですから、芸大出身とかご自身が画家とかなのかなと思っていましたが、本を
書くということからも、文学を専門とする方ということでした。

文学作品も芸術分野の一つですから、表現する方法は文章と絵画と異なりますが、その表現を
する対象物としては、この世界に存在するものとしての共通性があるのかもしれません。

著者ならではの視点で、この本にある絵とその絵にまつわる「美」のエピソードが、とても
興味深く、一気読みしてしまうような本に仕上がっています。

 

本の内容について

肖像40枚の奥に潜む、秘められたドラマ
美が招くのは幸運か破滅か

本書の帯にはこのように書かれています。

この本に載っている40枚の肖像画の背景にある物語はどれも刺激的で、おそらく一瞬で情景を
焼き付ける写真のようなものでは形成され得るものだろうと思います。

この中で特に刺さった絵について紹介します。

P.24 ユーディトと侍女(アルテミジア・ロミ・ジェンティレスキ)

これは女性が書いた女性像の一つです。
とてもリアルで、雄々しいというか、その場の緊迫感がとても伝わってくる迫力があります。

この絵が印象的だったのは、高貴な女性と庶民的な侍女という二人の女性が描かれており、
その二人が同じ人間であるという様子がありありと感じられたためです。

男性画家が描く女性像は、私の感覚では「可愛らしさ」「可憐さ」などがやや誇張されている
ような印象を受けるのに対して、この絵はまさに敵将を暗殺をしてきたばかりという、緊迫感
や言い表すのが難しいですが、この絵の人物の汗の匂いや体臭までもが感じられるというか、
目の前に迫ってくる迫力感があったのです。

絵の感じ方というのは個々人で異なると思いますが、こういう迫力のある絵というのは、対象
のリアルさを精巧に描く、細部に技術が光る女性画家ならではと感じたのでした。

P.104 醜い公爵夫人(クエンティン・マサイス)
美とは何か?を突き詰めるのにとてもいい絵。タイトルに「醜い」と入っているくらいの、
醜さのお手本、醜さの要素全部乗せという感じの絵です。

かなりインパクトがあり、本文を読む前にも色々妄想してしまいます。

この絵のモデルになった人は、自分はまだイケると思って若作りをしているのか、または
自分のこの姿を見ても美しいと思っているのか、などなど。

この絵はモデルを元に描いたというよりは、美しさの条件を明らかにするために、あえて
醜さとは?というものの典型として描かれているようです。

本書でもこの絵の醜さを反転させた場合の「美しい公爵夫人とは?」を考えてみているが、
文章の上でだけならば、きっとお手本のような魅力的な女性像が浮かび上がるのだろうなあ
とイメージができそうです。

こういう敢えて逆張りするような発想、かなり好きです。
そしてこの絵があるからこそ、典型的な美の条件というものも明らかになります。

 

P.113 シャネル(マリー・ローランサン)

水彩画でシャネルその人が背負ってきた人生を表すかのような印象の絵ですが、シャネル本人
は似ていないと断じて画家に返してしまったそうです。

シャネルといえば「シャネルの5番」で有名になったあのシャネルですが、この人自体も、
人物としては非常に興味深い方です。

ファッションが社交界の身だしなみとして扱われていたものから、芸術の域へと引き上げたと
言っても過言ではありません。

今でこそなんか高級なブランドのイメージでゴテゴテしていますが、この人の成し遂げた事や
その時代背景も含めて考えた時には、まさに英雄と言ってもいいくらいです。

今の状況からは想像を絶するほど不利な中での、女性が社会で活躍するということをやって
のけた、凄まじいまでの女性でもあります。

 

P.134 リスト(アンリ・レーマン)

言わずと知れた天才ピアニストのフランツ・リスト。

今で言うところのアイドルみたいな熱狂を巻き起こしたピアニストとして有名ですが、この人
はお金をどんどん寄付して蓄財しなかった、と言う面でも有名です。
どれだけできた人なんでしょうね。

そんなリストの若い頃の肖像画です。よくリストの紹介で使われる絵でした。
絵そのものよりリストが好きなので、印象に残っていると言ったほうがいいかもしれません。

 

P.144 サラ・ベルナール(アルフォンス・マリア・ミュシャ)

ミュシャの絵は今のメデイア界隈でも使われていそうな雰囲気の絵です。

初めてミュシャの絵を見たときには、これが昔の人が描いたものだとは思えず、CGか何かを
使って描いたのかな?くらいに思うような絵でした。
「精巧」と言う表現がぴったり当てはるかのよう。

本作『サラ・ベルナール』と言う女優を描いた絵ですが、たまたまクリスマス休暇で他の絵描き
が誰もいない中、試しに無名のミュシャに描かせたら超うまかった、と言う有名なエピソード
の絵でもあります。
こう言うことってあるんですね。

そんな偶然が味方して、一挙に世に出てきたミュシャですが、現在の価値観を持つ私でも、
その絵がきれいでわかりやすいと思います。

宣伝用ポスターとしての絵だから、と言うのもありそうですが、行為センスが光るデザインが
できるのって、やっぱり美しさをどう見せるかの視点が飛び抜けているのでしょうね。

 

読後感、感想

この本に出ている絵は(「醜い〜」の1枚を除いて)どれもが皆美しい人物を描いています。

特に印象的だったものを上述のように挙げてみましたが、この他の絵はどれも強烈な個性が
背景にあるのだと言うことです。

基本的に名画として後世に残ると言うことは、それだけの絵画自体の価値もさることながら、
絵が描かれるまでの事情や描かれた背景にも強烈なエピソードがあったと言うことです。

ここには挙げませんでしたが、ピカソの絵のエピソードやタマラ・ド・レンピッカと言った、
その人の人生自体が興味深いエピソードに彩られていることも多くあります。

芸術家は一般大衆よりも感性が鋭く、敏感であるが故に波乱に満ちているのか、あるいは
先に波乱の人生で揉まれた結果として素晴らしい作品を残しているのか。

どちらが先なのかわかりませんが、何れにしても厳しい人生の中でも光り輝く成果をモノに
している点で、尊敬したくなる人物ばかりだと思います。

本書のような本が増えて、広く人々に読まれるようになって芸術への関心が高まって行くと、
鑑賞する側の人間も感性が磨かれていくでしょう。

そうしたら、もしかしたら社会に漂う閉塞感のようなものも晴れてくるかもしれませんね。
ちょっと端に触れただけでこんな事言うのもおこがましいですが、芸術に触れる事で心が
豊かになると言う感覚を、この本は教えてくれたと言えるでしょう。

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