ゼロからはじめる哲学対話 河野哲也 編

哲学の原点である「対話」を通じた探究活動

哲学の祖と言われるソクラテスが用いたとされる「対話」を通じて、あらゆるテーマについて深く掘り下げていく方法を解説している本。

そういう期待を持って手に取ったのですが、私が一読して思ったのは、そんな薄っぺらいものではなくて、周囲の人たちへの影響力を及ぼす方法でもあるのだという新しい視点でした。

そもそも本書が書かれた意図は、「哲学対話」「哲学プラクティス」と言われる、哲学的な対話の場を作り上げるためのノウハウ集、ハンドブックとしての役割だったようです。

しかし私自身、本書の編集に関わられた方の中の1人である永井玲衣氏のツイートを、たまたま流れてきたタイミングで見かけて衝動的に注文してしまっていたのでした。

そんなきっかけで本書を手にした経緯もあり、実はこの本が一体どんな内容の本なのか、ということを少々誤解して読み始めていたようでした。

しかしその誤解はむしろ私にとっては新しい世界への入り口に繋がりうる、小さな一歩になり得るものだという実感を得ることになりました。

哲学対話という場の作り方

この本のメインテーマは、おそらく「哲学プラクティス」と呼ばれる対話の場を作るための具体的な実践方法を説明する手引書です。

おそらく、というのは私自身の理解としてはそうしたノウハウ集に加え、哲学的考察を深める際の方法としての対話、そしてその対話の進め方や背景、代表的なテーマなどと広くカバーしているので、ただのノウハウ集とするにはかなり盛り沢山の内容と感じたためです。

かつて教員として勤務していた頃には、この本に書かれているような「場」作りについて、ほぼ独学というか、現場の雰囲気や先輩方のやり方を踏襲する形で進めることが多くありました。

そこではノウハウの集積という、経験を積み上げてより良いものにしていくための骨格のようなものや、その背後にある意図、さらには場作りを行う上で得られる効果やその根拠が抜け落ちていたように思います。

そんな現場で場を作らなければならないけれど、その実なにを目指してどう運営すればいいのかが暗中模索と化している指導者の方々にとっては、まさに福音のような一冊ということができる本でしょう。

私も現役の教員時代にこの本を読むことができていたら、もう少し生徒たちに有意義な時間を提供でき、自分で主体的に課題について考えるという姿勢の大切さを伝えることができたのに、という悔しさも感じることになりました。

全面的に称賛しているような感想になっていますが、私個人の主観的読後感としては非常に有意義に、かつ楽しめる内容であり、そしてこれからの生業の一つとしての「哲学プラクティス」的な場作りへのアプローチとして活用したいと思う内容です。

哲学自体にも再び興味を持たせる魅力がある

この本を読んでいる中で感じたことは、単なる哲学対話の場作りマニュアルとしてだけではなくて、その場で取り扱うテーマ例を上げていることで再び私自身も哲学分野への興味が復活してきいる、ということが挙げられます。

この本は、哲学とは元々対話という形が主体だったのだということを思い出させてくれ、そして対話でこそ自分1人の思考の呪縛から解放されて、他者というほかの視点を取り入れつつ思考を深めていけることを認識させてくださいました。

読みはじめる前にはやや誤解しているところもあり、正直な気持ちでは気が進まなかったというところもありました。

しかしせっかく買ったのだし「ゼロからはじめる」とも書いてあるから、いっちょ読んで見て、自分も哲学対話の場作りに挑戦してみようかしら?と思って読み始めたところもあります。

そして読み初めてすぐに、哲学対話の意義や歴史と言った、この活動がいかなる意義を持ち、何を目指すことになるのかを知ることになります。

第一章で私の心はガッチリと本書に掴まれてしまいました。

第2節では「対話の意義」についての説明があり、あえて他者と対話を通じて思考の交換を行うことで哲学的思考を深めたり、そのプロセス自体が人間関係をより発展させたりする事実を知ります。

対話というと1対1や少人数でのことを想像しがちですが、ある一定規模のコミュニティ内における対話の意義というものもあって、まともな集団の意思決定にもつながっていくものなのだと知りました。

なんだか、以前勉強していた福祉政策のコミュニティ論のようなプロセスだなあと思ったりもしたのですが、私が習得した社会福祉士という資格・立場は、もしかしたら哲学対話というぷrセスを通じて、地域社会の人々の主体性を取り戻すきっかけになりうるのではと思いました。

福祉は哲学の実践の一例だ、ということを言っていたかつての同僚がいましたが、まさにこのことかと鳥肌が立つ思いです。

私にとって哲学対話や哲学そのものは、福祉というその実践現場の知識や経験と組み合わさって初めて具体的なイメージとして捉えることができました。

これは読者の経験や立場の違いによってその具体的イメージは異なるものだと思いますが、哲学は万学の祖と言われるように探究する姿勢そのものであり、探究する人全てに最適な形でその姿を表すものなのかもしれません。

そうした意味で本書は広く読まれるべき本であり、問題解決に行き詰まったりしている人々にとっての羅針盤ともなりうる本であると私は確信を持っていうことができます。

あとは実践するだけなんですが…

今なにも動いていない人が初めて行動を起こすとなると、なかなか具体的な行動には繋がりにくいところもあるかと思います。

私自身も、かつては通信制高校という生徒たちが内面と向き合いがちな現場で教員をしていた経験上、自分の意思が固まっても動けずに悩むというケースを見てきました。

そして私自身も初動に非常に時間のかかるタイプでした。

この本がすごいところは、あらゆる哲学対話、哲学プラクティスについての事例を集め、自分(読者自身のこと)でも実践できる形があるのではないか?と思わせるところです。

教員時代ならまさに学校教育の現場で哲学対話を行い、「なぜ学ぶのか」「なぜ大学進学すべきなのかorしないべきなのか」などのテーマで実践したかもしれません。

本書にはその運営マニュアルまで細かく詳細に、しかもトラブルシューティング的なヘルプリストまで記載されています。

現在は哲学対話を行いうるコミュニティにも属していないので、日々のちょっとした会話や小さな揉め事、あるいは他人と共に判断をする必要がある場面などで使ってみたいとは思います。

本書はまさに「ゼロからはじめる」というタイトルにぴったりの、非常に丁寧で思慮深い内容構成となっている、安心の哲学プラクティス・ハンドブックでした。

今まさに場作りで困っているような人は、今すぐ買って手元に置いて、常時参照できるようにしておくべき、そんな貴重な1冊です。