ずぼらボディメイク 〜ノーリバウンド最強説〜 橋本裕子 著

健康

ずぼらボディメイク ~ノーリバウンド最強説~

『ずぼら』な全ての人への福音

ストイックなダイエットや自分を極限まで追い込む筋力トレーニング、そして食欲という生命維持へ直結する欲望との決して勝てない戦いを経て、ついに自分自身を律することを諦めた全ての勇者たちへ。

そんな身も心もボロボロになり、すっかり食欲や怠惰な生活習慣に浸りきっているかつての戦士たちに送る、まさかの『すぼらボディメイク』。

「ずぼら」であることを自認する著者による、まさにずぼらさんのためのズボラであるが故にうまくいくボディメイク(ダイエットではない)の方法指南書が本書です。

私もこの本の著者の橋本さんにアドバイスを受けたことがあり、その極端な身体の反応に驚いた記憶があります。

その後私は過酷なブラック企業での奉仕に飲み込まれたりブライベートで一悶着あったりして完全に乱れてしまいましたが、ここで本書を読み返すことでリカバリーしつつあります。

理想の状態を維持するために常に最高水準の緊張を強いる従来の方法(いわゆる様々なダイエット法やトレーニングなど)を手放し、気づいたら修正、リカバリーしやすい身体(ニュートラル状態を良好に)を作るという発想の転換を楽しみながら読み進められる一冊です。

自分の身体が「わがままボディ」になって久しい私自身、筋肉もつけたくてライ◯ップにも通ってみましたが、意思の力で一時的に負荷をかける方法は強制力がなくなった途端に終わります。

一方で本書の方法は、身体が元に戻ろうとする力を使う(=生活習慣の乱れでわからなくなっている身体の反応に対して敏感になり、それを拾って対処する)もののため、「何もしていない」という認識でどんどん身体が良い状態になっていきます。

そんな本書を読み、実践し続けた後には、ダイエットや体重の数値に縛られていた人ほど奇跡のような自分の身体、健康状態に驚くことになるでしょう。

今はまだ信じられないでしょうが、そんな本です。

 

不健康に痩せられても、健康に太れない

この本の肝になることは、まさに「不健康に痩せられても、健康に太れない」です。

ダイエット法やトレーニング、それに食事管理と言った身体のマネジメント方法は巷に溢れていますが、どうしても体重の数値に注目しがちです。

そして痩せるということは不健康な状態(病気やストレスによる)でも実現しうるものです。

一方で太っているということは、そもそも身体が消費しきれないエネルギーを過剰摂取している状態で、身体からの欲求がどこか狂っているということになります。

こうした現状を踏まえて、今私たちが認識しているダイエットや健康の考え方を改めることから本書はアプローチしています。

美しい身体は健康の先にあるのです。

体型を気にしがちな方に多いのが、疲れやすかったり肌荒れが続いたりしているにもかかわらず、「やせなきゃ」という強迫観念にも似た焦りを持っていることがあります。

私もその一人だったことがありますが、「太った=不健康」という認識は容易に想像できますが、それなら痩せれば健康になると勘違いしてしまうのです。

これらの認識が重なり合って、現代人はとにかく「やせなければ」と焦り、次から次へとダイエット方法や新しい何かを求め続けてしまいます。

その結果、目に見える効果が出るまで継続できずに「自分は痩せにくい体質なんだ」という諦め、「今は仕事のストレスがあるから」などの自分への言い訳へと繋がっていきます。

こうした負の連鎖を断ち切り、健康でバランスの取れた身体へと「戻っていく」方法、その最短距離を最速で突き進む方法が、この本の「ボディメイク」にあります。

ダイエットではなくボディメイクとしているところがミソですね。

実践して効果を実感している私からしたら、ダイエットというものは不要なのだとさえ思います。

 

基本は「玄米」「生野菜」「水」だけ

そんな奇跡のような方法が実在するのか?どうせストイックな食事管理やトレーニングが必須なんでしょう?って条件反射的に思いましたか?

思い出してください、本書は『ずぼらボディメイク』です。

意思の力などこれっぽっちも信じられないかつてのダイエット戦士たちが、自分の身体の本来の力を引き出すことで、まるで何もしていないかのように自然に元通りになっていくプロセスがこの本のスゴイところです。

かつて断食や1日1食、糖質制限や菜食を実践したあとにこの方法に辿り着いた私は、このなんの変哲もない普通の感じで効果が出るのか?という印象を抱いたのが正直なところです。

だってかつて玄米食や酵素摂取、1日2Lの水を飲む、と言った方法は実践してきた(つもりだった)からです(それで効果がない、と感じてその方法を放棄してしまう流れも、本書では解説されています)。

この本の方法は、「一度に一気に変えると”決めて”、そして”続ける”」ことが大切です。

なぜなら一部を少しずつ変えても、実際に効果は出ているのですがそれを実感できず、かつての私のように「これも効果がなかった…」と誤解して、また新しい方法を探し彷徨うことになるからです。

そして本書のやり方は、まず1週間でも2週間でも先に決めて、玄米とそれと同じ量の生野菜を食べ、そして透明で味のついてないただの水を2L飲む、ということです。

基本はこれだけです。

さらに効果を早くかつはっきり明確に実感したい場合には、小麦を避ける(玄米食べてたら小麦製品の入る余地はない)、乳製品を避ける(水2L飲むと牛乳とか入らないし、玄米食に乳製品は合わない…気がする)などがあります。

私がこの食事を実践して感じたのは、まるで大昔の日本人が食べてたものを再現しているかのようだということ。

本当に切実で切羽詰まった身体の不調を抱えている場合(かつての私)には、四の五の言わずに実践できるのですが、そうではない場合で健康で美しい身体を手に入れたい、という場合には、いろいろ乗り越えるべき障壁があると思います。

でも、自分の人生を生きるためには乗り越えるのが正解。

家族の健康のためだったりお財布事情のため、というものもあるのですが、まさに情けは人の為ならず、自分のためにも家族や同居人を巻き込んで実践すべきと言えます。

なんでそこまで言えるのか…は本書に詳しく書かれています。

又聞きの私の文章よりも、自ら立ち向かって乗り越えた著者の文章にて、その乗り越えるべき理由とその意義をご確認ください。

 

書籍になったことでいつでも見返せる

私は本書が出る前にも著者の橋本さんから指導を受けたことがありますが、数年が経過する中ですっかり堕落した状態に戻ってしまっていました。

しかし小麦をできるだけ避けること、水は2L以上飲むこと、食事の際には生野菜をその他の料理と同じ量だけ食べること、を無意識のうちに続けていました。

そのためか、本書を読み直してリカバリーを試みたところ、みるみるうちに不調が軽くなり、精神的にも前向きになって行動力が戻ってきているのを感じます。本当です。

ずぼらでもできる、とはありますが、その導入部では一部ストイックになればなるほどはっきりと効果が実感できることもあります。

むしろ導入部で大幅に生活習慣、というか食習慣を切り替えてしまう方が、結果的に楽に変われたりします(禁煙も同様ですね)。

その理由として、私たちが食べたいと執着する食品(小麦製品や砂糖たっぷりおやつ)は、タバコ同様の中毒性があり、そのせいで過剰摂取につながるのではないかと個人的には考えています。

だから極端にゼロにして、最初の2~3日だけなんかソワソワして過ごすのが効果的なんじゃないかと思います。

それに精製された糖質は、身体が元通りになったあとにはそれほど欲しくならず、むしろ食べると体調を崩すことが理性も無意識も理解していきます。

自然のままの新鮮な果物や野菜が、どんなお菓子よりも美味しく感じ、その生命力をいただくありがたみを全身で感じられるようになるのです(嘘のようですが本当です)。

そんな記憶が体に刻まれていたせいか、この本を読みながらも姿勢を正し(気づいた時に戻す!というのがコツ。無理に常時続けようとしない)、玄米を食べようと決心し、水を2L以上飲むように目盛り付きのケトルを引っ張り出してきました。

そして実感してきた効果は、腰痛の軽減。

そんなバカな、と思うかもしれません。

しかし腰痛はストレスが大きな原因の一つとも言われているものです。

姿勢を正し(身体の物理的な歪みを除去)、小麦・乳製品を断ち(化学的なストレスを除去)、お風呂にゆったりと入り(精神的ストレス、温度のストレスを除去)、総ストレス値が下がって余裕が生まれたからかな?と思います。

かつてこの方法の効果を実感していたにもかかわらず、改めてその効果を目の当たりにしたところ驚くほどテキメンでした。

あまり褒めたり上げたりするとかえってウソくさくなりますが、本当なんだから仕方ない。

そんな本です。

 

健康の維持増進が結果的にボディメイクにつながる

健康に関してはほぼ全ての人が生きているうちに必ず興味を持ちうるテーマです。

だから健康に関する情報量は膨大で、研究も玉石混交、本当に正しいものを見つけることは困難を極めます。

それに人体の正確な仕組みは未だ完全に解明されたとは言い難く、同じ方法が個人差によって効果がバラつくこともしばしばです。

本書の内容は、栄養学や医学の裏付けを取ろうとすれば取れるのでしょうが、「ずぼら」な人が実践でき、そして効果を実感できることを目的としているので、難しい理屈はすっ飛ばしています。

しかしながらその実践内容は、かつての日本人(縄文時代くらいまで遡る?)が長年続けてきた食習慣に近いもので、おそらく私たちの体にはよく馴染む方法なのだと思います。

これだけが唯一絶対の正解である、とは言い切れませんが、少なくとも現代における市場主義によって生み出された食味は優れた加工食品よりは、かつてあった自然の食物に近い状態、かつ私たちの身体の仕組みに合致した食物の摂取はのほうが安全である、とは言えそうです。

結局自分の身体を作るものは自分が食べたもの100%です。

「食べるものくらい好きなものを食わせろ!」という声が聞こえてきます(私の心の声も…)が、今の脳が食べたいと訴える食物は、本当に体が必要としての欲求なのでしょうか。

心身ともに健康であり、明晰な意識を維持している状態でも、そのラーメンやアイスクリームは必要なものなのか。

正直、ちょっと心が揺れますが、少なくとも健康になるために食べるものではないのではないでしょうか。

もしこのように少しでも思うなら、一度騙されたと思って「玄米、生野菜、水」を中心とした食生活を試してみるのも一興かもしれませんよ。

 

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