当時の最先端の科学を元にしたSF小説
以前より大変お世話になっております「光文社古典新訳文庫」のうちの1冊。
ジュール・ヴェルヌによるSF小説『地底旅行(原題 : voyage au centre de la terre)』の新訳
としての一冊です。
私個人の嗜好として古典文学を好んで読むことが多いのですが、有名作品ほど古くから日本語訳がなされており、やや古い日本語であったりガチガチの文語体だったりします。
すると私のような”にわか”の古典ファンにとっては、通読するだけでも骨が折れるのですが、光文社古典新訳のシリーズでは、現代風の日本語で訳しなおしてくれているシリーズのためにとても読みやすい訳を出してくれています。
かつてはコスパ最強の岩波文庫の文語調の古い日本語、レベル高いものだと旧仮名遣いの岩波文庫を何度も寝落ちしながらかじりついて読み通したのですが、そんな一度苦労した作品も、本シリーズで再度、現代語訳で読み直せるのでとても助かっています。
と、いう私にとっては非常にありがたいこちらの新訳。
19世紀の最先端科学の知見を取り入れた上でのSF、つまりは妄想科学ですが、その中身が気になって読み始めてしまいました。
そしてかなりの長編小説であったこともあり、読み終わるのに数日かかってしまいました。
未だに謎が多いとされる「地底世界」ですが、ヴェルヌの描く地底には一体何が存在していることになっているのでしょうか?
また、本書を読み通すことで、当時の人々が認識していた地層や生物の進化に関する視点も学べますが、そこから現代の科学水準との乖離も垣間見えてきます。
フィクションである、という前提があるにしても、当時に生きる読者になったような気分で、本当にヴェルヌが描く地底世界が存在するのではないか?という気持ちにさせられる作品でした。
「古典」になったSF小説の凄み
本書は現代でも出版されているようなSF小説、空想科学小説というジャンルの1冊として認識して良いものだと思います。
であるならば、きっと当時の出版業界でもSF小説がたくさん書かれていたのではないか?と予想ができるのですが、本書のように出版から100年以上も経過したのに未だに”新訳”が出る古典になっています。
古典とは、時の流れという試練に晒され続け、それでもなお現代にまで読み継がれてきた書物であるので、古ければ古いほど物事の本質をついた内容だと言えます。
また、小説などの創作された物語ならば、多くの人がわざわざ後世へと読み継ぎたくなるような内容だったと感じたものだともいうことができます。
そして本書は後者、わざわざ後世へと伝えていくべき物語である、と判断された結果としての古典化された文学作品として残っていると言えるでしょう。
なぜなら、当時の科学水準が現代に比べて未熟であったとは言え、その卓越した未知の現象である地底世界への深慮遠望は、現代の読者をも「本当はこの小説のとおりなのでは…?」と一瞬でも思わせてしまうような凄みを感じさせるものでした。
一方で、本書の解説や注にも書いてあるのですが、当時使われていなかった言葉や年代測定の制度が曖昧だったことなどから、やや違和感も感じたりします。
しかしそうした些末なことを差し置いても、この小説が時代を超えて読まれているということが理解できるほど、登場人物たちが探索を続けていく「地底世界」へと興味がどんどんと深く引き込まれていくのです。
読後に自分でも調べてしまう=優れたのSF小説?
本書を読み終わった後、この本は19世紀半ばに書かれたフィクションであるということを知っているにも関わらず、自分が知っている地学の知識が疑わしくなってしまうほどのリアリティを感じさせます。
それは、地球の内側である地層や地球の中心へと至る構造について、絶対違うと思いながらも本書で記述されているような事実が発見されていないかどうかを調べてしまうものです。
改めて調べ直してみれば、確かに地球の中心には内核があり、その外側には外核、そしてマントル、地殻という構造があることが確かめられます。
しかしそれを調べて確認する過程で、ついつい地底人や地下世界などの都市伝説的な説に対しても敏感になってしまい、登場人物の1人である「アルネ・サクヌッセンム」が本当にアイスランドから地底へ行ったのか?の記録を探したりしてしまいます。
我ながらバカバカしいなんて思いながらも、こういう優れたSF小説を読んだあとというのは「もしかしたら、このワクワクする世界が実在するかも?」なんてわずかな望みを持ってしまうんですね。
そういうちょっとした「ワクワク感」が得られるからこそ、SF小説にハマってしまうんでしょうね。
SF好きの私にとっても、この古典作品とも言える『地底旅行』は、たっぷりどっっぷりと味わい、楽しめる大作でありました。
それにしても、こういった小説などの内容を解説すると読み進めるときのワクワク感が半減する本についての感想を書くときというのは、ネタバレに繋がりはしないかとヒヤヒヤしてしまいますね。
「こんな風におもしろいんだよ!」って言いたくて仕方がないのですが、こういう長くて味わいがある作品については、ぜひ自分で読み進めていただき、主人公たちとの体験を共有して欲しいと思っています。