近代以降の書店の変遷を辿った本
本書の「まえがき」には、”書店の風景の変容を通じて、近代文学も含んで、ささやかであるが近代出版業界を表象する試み”とあります。
現在行われている出版業界独特の流通方法が確立された明治時代以降の歴史だけではなく、その流通機構が生まれる要因ともなった江戸時代の状況から記述が始まっています。
書籍に携わるものとしてはこうした出版業界の成立過程を知っておくことはとても有意義でありますが、一読者として特に書店経営の計画などをお持ちで無い場合には、やや退屈な本となりうる印象です。
本書のような分野の本を手に取る読者自体、本や書店が好きで、いつかは自分も古本屋などの経営に携わりたいと考えている人が大半とも思われますので、きっと本書をお読みになられた方の大半は面白く通読できるものと思います。
内容の概観
本書は出版業界の変遷を辿った、ある意味研究レポートのような内容となっています。
目次を読むことで本書の扱う内容や時代が大枠掴めるので、以下に転載します。
1 江戸時代の書店
2 『江戸繁盛記』のなかの書店
3 明治維新後の書店
4 明治前期の書店と出版社
5 書店の小僧としての田山花袋
6 教科書と金港堂
7 洋書店中西屋
8 近代書店としての丸善
9 社会主義伝道行商書店
10 『破戒』のなかの信州の書店
11 尾崎紅葉と丸善
12 芥川龍之介と丸善
13 梶井基次郎と京都丸善
14 丸善の店員だった佐多稲子
15 南天堂と詩人たち
16 人類学専門書店・岡書院
17 円本時代と書店
18 円本・作家・書店
19 上海の内山書店
20 艶本時代とポルノグラフィ書店
21 新宿・紀伊国屋書店
22 特価本書店・帝国図書普及会
23 図書総目録と書店
24 京都・西川誠光堂
25 日本出版配給株式会社と書店
これら目次を見渡してみると、現在も存在する書店名も散見されます。
今では大手の有名書店となっている各書店が、歴史的にも出版業界で大きな役割を果たしてきたということがわかります。
書店を利用する側からしたら、そのお店の由来や成り立ちなんて知らなくても全く問題ありませんが、こと本好き・書店好きの身としては、これらの由来を噛み締めながら本を買いに行くというのも楽しみの1つになり得ます。
知識をつけ出版業界についての理解を深めることも本書を読む目的の一つですが、書店に行くたびにそれぞれのお店の歴史や成り立ちに思いを馳せる楽しみも得ることができる本となっています。
内容や立ち位置としては、この本よりも古い本で脇村義太郎著『東西書肆街考 (岩波新書)』が詳しいです。
本書を読んで、より深く、より詳細に書店・書肆について掘り下げてみたいという方は、東西書肆街考を手に取ってみるのもおすすめです。
こちらは本当に書店やその歴史に興味がないと、眠くなりそうなほど細かく詳細に書かれています。
そしてその分、書店の成り立ちや現在も存在する大手書店や出版社が、もともとどのような形態で始まって、どのように現在のような業態に収まったのかなどの流れも掴むことができます。
知ったからと言って特に役立つことも思い当たりませんが、少なくとも本が好きであるという誇りにも似た気概を持つことになるのでは無いでしょうか。
こちら側(書店運営側)に回ろうとすると、一般読者としての知識だけではわからない用語なども出てきます。
そんな時、本書のような本を一冊でも通読しておくと、意外と知らなかった言葉などを知ることもでき、よりディープな古本・古書ファンとの交流の可能性も生まれてきそうです。