古本屋五十年 青木正美 著

古本

古本屋五十年 (ちくま文庫)

ザ・古本屋の一代記

この本は、本書の著者による、ご自身が開業して続けてこられた古本屋家業の主観的視点で描かれた、日々の活動記録とも言える本です。

東京都内で神保町の古書組合との関わりも詳細に描かれており、歴史的にも貴重な証言とも言える内容であり、これから古本屋を開業しようとする人にとってもかなり勉強になります。

決してこの方と同じ時代背景や環境、リソースを持っているわけではありませんが、戦後日本が立ち直る時代に、古本屋として社会に参画した立場からの記述は非常に興味深いものです。

また、古本屋志望者にとってはひとつの古本屋の形態としてのケーススタディとしての側面もあるのではないかと思われます。

模倣するにしても社会情勢や仕入れ先などの変化もあり丸々取り入れることは困難ですが、古本屋志望の読者が自分流に作り替えて取り入れる、示唆に富む資料としても貴重なものとなり得るでしょう。

歴史的古本屋を知るための読み物

本書は古本屋五十年とあるだけあり、戦後まもない頃の開業以前の状況から始まります。

その後開業し、仕入れ先を開拓したり、古書組合の仕事に携わったり、古書展への参加があったりと、次第に社会が豊かになってゆき、古本の扱いの変化とともに古本屋の立ち位置も変化していきます。

こうした過去から現在に至る長期間の記述を通して読み進めていくと、この先の変化についての考察も進めることができそうです。

単に読み物として読むにしても非常に面白くて引き込まれる本ですが、少し俯瞰的になって本の内容を眺めることでこれからの古本屋はどうあるべきかを考えさせられる一面もあります。

古本ブームの変遷など

本書は50年にわたる古本屋の歴史を綴ったものとも言える本ですが、当然その扱ってきた商品である古本についても記述があります。

その部分を読むだけでも素人同然の私には勉強になりましたが、特に印象的だったのは「初版本」と言われる本の初版が流行したことです。

今となっては初版だからと言って価値が上がることは滅多にありません。

むしろ改訂版とか色々出てくることを知っている私にとっては初版はまだ発展途上のような気がしてしまいます。

しかし一時的に初版本が流行り、初版本だけを買い占めた店が大儲けしたなんていうこともあったようです。

その後、「初版本は貴重で儲かる」という認識だけがなんとなく残っているのか、よくフリマサイトやネット上の通販では「初版」であることを推してやや高めの価格設定のものを見かけます。

価値が上がるのは欲しがる人が多すぎて品薄になるからであり、決して初版だから、という理由で高くなるわけではない。そんな当たり前だけどなぜが盲信してしまっていたことなど、認識を改めさせられることも多々ありました。

一つ一つ、なぜそういう現象が起こったのかについてその時の状況を追いかけることができるのも、本書のような丁寧な描写によるもののおかげだと言えます。

五十年も続いたらまさに名店

しれっとタイトルに「五十年」などと入っていますが、これは偉業とも言える期間です。

時代や個人の才覚、環境要因など色々な理由はありますが、本書のように五十年も継続して同一の事業、しかも古本屋という大きく儲けることが難しい事業において続けられたということがまず驚愕に値します。

神保町の古書店など長期的に続いている店舗もあり普通のことのように錯覚してしまいがちですが、神保町そのものの存在が、もはや世界に誇る古書街にまでなっています。

これらのことは日本における古書に関わる人たちの優秀さ故のことなのかどうかはわかりませんが、少なくとも本書を読む限りでは、仕事に対する姿勢が誠実で、葛藤を持ちながらも情熱を持って取り組んでいる姿が印象的です。

古本屋なんて儲からない事業をやるくらいなので、やはり本や本に関わることが好きなのだと思います。

本好きは一生のうち一度は古本屋をやることを考えるとも言いますが、実際に古本屋を立ち上げ、それを長期に亘り継続せしめていることは、それがもはや名店であることの証であるともいえるでしょう。

活字離れが叫ばれる昨今ですが、これからの時代に古本屋をやろうという人たちは、本書の著者のような先人たちの経験や知恵を継承しつつ、自分たちのスタイルを確立することが大切です。

そんなときには、本書のような貴重な文献を参照し、過去の叡智をしっかり取り入れていきたいものです。

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