「データより空気」の悲劇【昭和16年夏の敗戦】 猪瀬直樹 著

ノンフィクション

「総力戦研究所」を知っているか

この本は当初、世界文化社より『昭和16年夏の敗戦 ―総力戦研究所“模擬内閣”の日米戦必敗の予測―』として1983年に出版されたものです。その後2020年に中公文庫より新版として出版されました。今回は新版を読みました。

ネット書店各所でのレビューや本書カバー記載の推薦文によると、なんとしても若いうちに読んでおくべき一冊だ、というようなことが書いてあります。

私が本書を手に取ったきっかけは、何かの動画で猪瀬氏本人が本書に言及した際、本書の知識程度はあって当然である、というような発言を見たことによります。

「データより空気」を傍観できる内容

本書のテーマとする内容が、カバー記載の”「データより空気」が日本最大の悲劇を生んだ。”という一文や、タイトル『昭和16年夏の敗戦』などから、『失敗の本質』に似ている内容なのではないかと興味を持ちました。

『失敗の本質』は大東亜戦争の敗戦理由を、局地戦等個別事例の分析を積み上げ、日本の組織的な空気を分析するような内容であり、読み通すにも理解するにもやや骨が折れるものでした。

本書は猪瀬氏という作家が書いたもので、そこまで内容量も多くないことから、改めて旧大日本帝国の組織的な問題を理解できるのではないか、と期待を持ちました。

総力戦研究所設立までは良かった

本書の内容は、「総力戦研究所」と言う、国の将来を担うであろう知力体力が共に優れたとされた30代の若者を集めて行われる、当初目的のはっきりしない教育訓練期間についての調査報告のようなもの、と印象を受けました。

当該期間が存在した当時に所属した当人たちへ、直接インタビューをしたり周辺調査を行った結果をまとめたものです。

その取材の大変さは想像を絶するものであったと察せられます。

そんな総力戦研究所では、日本側視点から見た「大東亜戦争」なる大戦の是非を議論する政府・統帥機関のせめぎ合いの中で、軍官民の各分野からの若手を集め、実際に得られる各種データをもとに開戦した場合の想定演習を行なっていくこととなります。

現実に起こった事実と限りなく近い結果が出ていた

若手ばかりを集めた総力戦研究所にて対米英戦争を開戦した場合に「日本必敗」という明確な結果が出ていたと言います。

これは各所より集めた現実のデータから事実を積み上げていった結果、必ず戦争に負けるという結果が、開戦前に明らかであったということです。

そしてこの結果は、現実の政府へと伝えられてもいました。

しかしここで日本らしいとも言えるような、空気に逆らえない感じ、「戦はやってみなければわからない」と当時の東條陸相に言わしめるような目に見えない圧力によって無かったことにされてしまいます。

総力戦研究所は日本必敗を予測

「日本必敗」という結果は、後世の私たちの目から見たらすでに起こった事実であり、この本で書かれている戦前の演習内容にも納得が行きます。

そして当時の政府関係者も多くが反戦、対米英戦で勝てるわけがないという認識は持っていました。

それにもかかわらず、日露戦争での大国に対する勝利などの経験から、相手が大国であろうと必ず負けるわけではないという思い込み、戦争を回避するわけにはいかない軍の事情なども絡み合い、

誰が主張したと言えないままに開戦へと流されていってしまう様は、まさに日本的意思決定の欠陥であると感じざるを得ません。

日本は”空気”がすべてを決めている

この本を読むまでもなく日本的意思決定の欠陥は多くの人が身を持って感じているとは思います。

そしてその欠陥を指摘して、事実に基づいた客観的判断へ戻すことへの大きな抵抗感も同時に理解できるのではないでしょうか。

本書は、そうした日本的な組織の意思決定の事例、事前に失敗するという客観的データに基づいた結果を突きつけられていても空気に流される意思決定の現場を追体験することによって、自分達の所属するコミュニティにおける意思決定場面に生かしていかねばならないものだと言えるでしょう。

本書のカバーにも寄稿している著名人が若い人々に進めたいと異口同音に書いているのも、こうした効果を期待してのことではないかと思います。

日本国内のコミュニケーションは、口にはっきり出して主張することは、しばしば「野暮なこと」として避けられてしまいがちです。

これまではそれでもなんとかなってきたところもあったのが事実です。

しかし現在の社会情勢は30年間も世界から取り残されたままの状態であり、この状態を受け入れてしまおうと言う空気感すら感じられます。

ひどい場合には、少しでも改善しようとか人と違ったことをしようとするだけで、誰とも言わず足を引っ張る雰囲気すら感じます。

この雰囲気こそが、だれも責任を負えず、だれも状況を変えることができない、言いようのない空気に支配された状態です。

これを打破して新しく変革を起こしていくには、一人一人が本書のような視点を持ち、意識レベルから変わっていかなければ難しいのかなとも思いました。

そう言う意味では、多くの若い人にもぜひ読んで欲しいなと思います。

難しそうですが読みやすいのでおすすめ

この手の本は、読む必要がないほどの認識を持っている人ほど読んでたりして、本当に読んで欲しい人々が手に取らないというジレンマがありますが…。

SNSやスマホの普及が進むにつれて、人々の文章読解力が目に見えて衰えているのを感じます。

短い文章というか、単語や文節1つが2つでのやり取りが非常に多い印象です。

こうした体感的な現象に加えて、出版社も読み手の低いレベルに合わせているのが、文字が大きくなり文字数の少ない、そして内容もさほど深みのない、まるでネット記事のような内容の本が氾濫しているようにも感じます。

書店に並ぶ本の、特によく売れているであろう平積みの本の内容の薄さに愕然とすることも多くなってきました。

文章を読むと言うこういをレベルアップする意味でも、こういう読みやすいノンフィクションものから楽しみながら読み進めていくのはとてもおすすめでもありますね。ぜひ手に取ってみてください。

昭和16年夏の敗戦

猪瀬 直樹 中央公論新社 2020年06月24日
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