六国史−日本書紀に始まる古代の「正史」 遠藤慶太 著

六国史−日本書紀に始まる古代の「正史」 遠藤慶太 著

日本書紀から始まる6つの歴史書の総称

本書は『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』までの、天皇の命令でまとめられた歴史書(総称して六国史と呼ぶ)についての研究を紹介する本です。

古代日本の形成や国家運営について知るための重要な手がかりとなる書物である六国史。

これまでは日本書紀などの個別の書物に関しての一般向け書籍や時代背景を丸ごと扱った、
ざっくりとした本が多かったのですが、本書は六国史というやや専門的な分野について詳しく
書かれています。

日本の古代史はまだはっきりと明確に整理されきっていない時代ですので、こうした分野の
新刊が出るとワクワクしますね。

著者について

遠藤慶太(えんどう・けいた)
1974(昭和49)年兵庫県生まれ。2004年大阪私立大学文学研究科博士後期課程修了、博士(文学)。皇學館大学史料編纂所助手、同助教授を経て、13年より皇學館大学研究開発推進センター准教授。専攻・日本古代史。
著書『平安勅撰史書研究』(皇學館大学出版部、2006年)、『日本書紀の形成と諸資料』(塙書房、2015年)

-本書奥付より引用-

これまでこうした本を書かれているのは、高齢の先生方が多いという印象でしたが、本書の
著者はとてもお若いのが印象的です。
そのためなのか、本書のターゲットとする「六国史」に関する研究も初めて拝見しました。

日本古代史の根本資料とされる六国史に含まれる資料ですが、まとめて1つの研究とした視点
はさすがです。
帯にもあるように、まさに「日本古代史はここから始まる」。

本書の内容について

概要(本書カバーの帯より)

天地の始まりから平安中期までの「史実」
奈良時代から平安時代にかけて編纂された歴史書「六国史」。720年に完成した日本書紀から、続日本紀、日本後紀、続日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録までを指す。天地の始まりから平安中期の887年8月まで、国家の動向を連続して記録した「正史」であり、古代史としての根本資料である。本書は、各書を解説しつつ、その真偽や魅力を紹介。また、その後の紛失、改竄、読み継がれ方など、中世から現代に至る歴史をも描く。

-本書帯より引用-

当たり前ですが本書の帯の紹介文がとてもよかったので引用です。

天地の始まり、つまり神話の時代から記述が始まっているのが日本の歴史書です。
世界中の支配者が自らの支配を正当化するために、神などの人間以上の存在がルーツであると
アピールするものと同じですね。

戦前にはこうした神話とされる「神代」の時代まで、歴史として教えていたというから、
今の感覚では驚きです。

そうはいっても、日本の国に住まう人間としては、自分たちの祖先がそのように自分たちの
存在を認識してきたんだ、ということは学んでもいいのかなあとは思います。

神話=フィクションと決めつけてしまうよりは、そういうものを生み出した精神性や文化的な
背景をも含んで後代へ継承することが、自らに対する認識を育てて、他者への理解も進む…と
理想論のようなものは感じます。

そういった視点からも、本書のようなガチの研究を元にした書籍が一般向けに発行される事が
とても大きな意義を含むものであると思っています。

六国史の各書が時代毎にまとめられている

本書では序章+全4章での構成です(六国史なのに6章構成ではない)。

まず序章で「六国史」とはなんなのか、その全体像を説明しています。
六国史とは古代日本の国家の歴史であり、編年史による歴史事件の記述がなされています。

また、日本の歴史書の特徴としての天皇の年代記という性格もありますが、官制による編纂で
これによって官人の世界が垣間見えたりもします。

 ◾️第1章 日本最初の歴史書『日本書紀』

1章の見出しは「全30巻の構成と記述−神代から41代持統天皇まで」/「伝承と記録のあいだ」/「素材−公文書から外国文献まで」です。

ここでは日本で最初に書かれた正史『日本書紀』について集中的に述べられています。

日本書紀は八世紀に成立した歴史書の典型として、以後の歴史書編纂にも影響を与えますが、
伝承や歌謡といったそのままでは歴史的事実とは言えないようなことも記載されています。

これは正史編纂のお手本とした中国の物と異なる点で、神代の設定、地域や氏族の伝承をも
取り込んだことも同様の特徴となっています。

 ◾️第2章 天皇の歴史へ執着−『続日本紀』『日本後紀』

本書第2章での見出しは、「奈良時代への入り口−『続日本紀』」/「英主、桓武天皇の苦−
特異な成立」/「太上天皇への史臣評−『日本後紀』」。

この章では、歴史への執着、歴史に対峙した帝王としての桓武天皇の姿勢が色濃く現れている
という一章です。
その意味で「続日本紀」「日本後紀」がひとまとめになっています。

この時代になると、現物と記述が対照できるようになるので、日本書紀のように神話なのか
史実なのかが曖昧な記述とは異なってくるようです。

正倉院宝物との符合、発掘されてくる木簡や公文書などからも、
これらの書物の記載内容についての検証が可能になります。

 ◾️第3章 成熟する平安の宮廷 『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』

「秘薬を飲む天皇の世 『続日本後紀』」/「摂関政治への傾斜 『日本文徳天皇実録』」/「国史の到達点 『日本三代実録』

本章で扱う『続日本後紀』は初の天皇一代の国史として編纂された歴史書となります。

そのため細かいエピソードの記述がされ、天皇の医薬への系統や得体の知れない薬を飲むこと
なども書かれています。

一方で『日本文徳天皇実録』は全10巻という最も少ない分量の史書となります。司馬遷を目標
として編纂され、あの有名な菅原道真が序文を書いたという書になります。

平安期の日常的な政務の記述があり、文徳期の画期として政務の転換が見られるといいます。
天皇が内裏に入らなかったというのも文徳天皇の特徴といえます。

この『日本文徳天皇実録』までで、天皇の命令による国家が編纂する歴史書は以後作られなく
なります。

 ◾️第4章 国史を継ぐもの−中世、近世、近代のなかで

最後の4章では、国史編纂がなされなくなった後の歴史叙述のついて、私的な記録や日記が
後代では活用されてきていると説明されています。

同時代人の記した日記は、その記述内容のリアルさからその資料を集めて照合することで、
国史と同様にその時代背景を把握することができるといいます。

その後、出版が商業的になされるようになった江戸時代になると、こうした文書は商業的に
出版されるようになり、本書のメインテーマである六国史もこの時に初めて出版されたと
いいます。

日本文徳天皇実録以来、国家が歴史書を編纂しなくなってから、こうした歴史書をまとめる
作業はもっぱら民間で行われてきました。

一部、徳川家康が写本制作を命じたり、徳川光圀が大日本史編纂を行ってきましたが、資料と
してまとめ上げ、後代へと継承する作業は、塙保己一に始まる民間主導の動きによるものが
現在でも主流です。

現在では政府が国史編纂などということはやらないし、やっても学術的に事実に基づいた編纂
ができるかというと、甚だ疑問ということになります。

本書もそういった意味では、綿々と続いてきている歴史の記録を補強するものとして、大きな
意義があるものと言えるでしょう。

読後感、感想

日本の古代史については、学校で教わるにしてもかなり大雑把であった記憶があります。
昔過ぎて資料が少ないとか、その信憑性が弱いなどという理由があるのでしょう。

しっかり納得いくまで知識が得られなかった分、他の時代や他の地域の歴史に比べてより
強い興味を覚えました。

その影響もあって本書を手に取り読んでみましたが、ほぼ知らないことばかりで読み進める
ことがかなり大変でした。

国史として編纂された書物というと、古事記・日本書紀でしょというレベルだったので無理も
ありません。

それどころが古事記は六国史に入ってこないということにまず驚き、そして日本書紀の後に
5回も国(天皇)による国史編纂がなされていたということに二度驚きました。

また、長い歴史を持つとされる日本において、6回しか国史編纂がなされていなかったという
事実も、意外なこととして私には受け取れました。

歴史は勝者が作るもの、と言われています。日本では王朝交代がなかったとされる万世一系が
信じられているので、歴史を書き換える必要などないとも思っていました。

ところが大友皇子が破れた壬申の乱の時、すでに即位していた可能性を示す資料が別にあり、
これによって明治時代に諡号が贈られたということなど、正史とされる書物では伏せられた
事実もたくさんあるのだろうということも示唆されています。

第一級の歴史的資料でありほぼこれしかないという唯一性は揺るぎませんが、だからといって
これら六国史に含まれる文献を完全に信じるのもリスクがあるという視点が得られました。

歴史はそれを見る時代の価値観にも左右されますから、いかに純粋な事実を抽出して記録して
いくのかがとても大切になってくるんですね。
非常に読み応えがある一冊でした。