本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本 内沼晋太郎 著

自己啓発・ノウハウ系

本にまつわる新しい仕事と新しい仕事を生み出す本の話

ブック・コーディネイターという職業を自称し始めて、本にまつわる仕事を作り出したと言われる内沼晋太郎氏による2009年出版の本。

表紙が前と後ろで同一デザインの色違いとなっており、「本の未来をつくる仕事」と「仕事の未来をつくる本」という本と仕事の両面からそれぞれアプローチしているユニークな構成をしている。

本の形としては新しく面白い印象も受けるが、2000年代ころから目につくようになった、いわゆる意識高い系の匂いを色濃く感じるのは私だけだろうか。

私も半人前とはいえ古本屋という本を扱う仕事をしており、そしてその業態も従来の古本屋の枠に留まらないものになっている。

このため「本」という共通の商材を扱う対象として同族嫌悪に似た感覚を持っているのかもしれない。

この手の本を書いたり新規事業を立ち上げようとしている人は、自称「進路に迷った落ちこぼれ感」をアピールし、その経歴の乱れ方や試行錯誤の経過を列記したりする傾向を感じる。

それは一般大衆に対して親近感を感じてもらいたいからなのか、それとも苦難の時代を乗り越えてきたのだという自信の現れなのか、はたまた想像を絶する理由なのかはわからない。

多くの場合、私が読んだり接触したりした中でこういう話をする人物は、ほぼ全てが偏差値が非常に高い大学出身者の、いわゆるエリートと呼ばれる人々である。

そもそもの素材としての能力が全人口の上位数%に入る優秀な人物が、いくらこれからの仕事のモデルケースはこれだ!的な主張をしても多くの人は救われ得ないだろう、なぜなら生活や仕事に困っている人々はそもそも著者よりも圧倒的に無能なのだから。

著者がそこまで考えているのか、むしろそんな目的のために本を書いたり新しい仕事を提案しているわけではないのかもしれない。

しかし私の価値感が、「アホでもそれなりに社会で役立ち、かつ当人も自己効用感を持って自信を持って生きていくことを促す」ことに重きを置いているせいか、どうしても素直に本のメッセージを受け取れないところもあるように思う。

生き方を模索する人々へのヒント

一方で、この本の著者のような頭の良い人が新しい仕事の形を模索し、それを社会で実践することは、多くの無能な人に模倣させるためのモデルケースとなれる可能性はある。

だからこそ上位数%の頭の良い人々のこのような活動は、結果的に大いなる意義を孕んでいるのだともいうことができるのだろう。

きっと著者自信の主観では、周囲のいわゆる成功した人々と比較してしまうような苦しみ悩む時期があったのだと予想できる。

そうした苦しい時期を乗り越え、1冊の本としてまとめあげるまでに練り上げたことは、上梓当時28歳だったという著者としては、かなり早熟な期待を背負った人物なのだったのだろう。

いろいろな価値感を持つ人々がいる中で、この著者が提案している仕事の作り方や本の存在意義に関する考察は、万人に受け入れられるものではないとは思う。

だが一方で、このような本が2009年時点で発行され多くの人に読まれていることは、2021年現在の本屋や本そのもの、さらには本に関わる人々の在り方が変わってきたことに表れいるのではないかとも思う。

そうした意味でこの本の果たした社会的意義はかなり大きなものだったのだろう。

本屋の一人として思うこと

私個人の印象、感想としては、これからの時代にはこの本に書かれているような形で本と関わるようにすることは、本を提供する側としては必要なことだと思う。

が、いち読者としての視点で言うと、それは本でなくてもいいんじゃないかと思うような使い方もあるし、むしろ本の本来の使い方ができない人を増やし、硬い文章をきちんと読める人を減らしてしまうんじゃないかと思うようなものもあった。

本離れが進んでいるから、まずは本自体に触れてもらうことや本を手に取ってもらうことを念頭においての活動とは思う。

しかし本というのは、私の考えでは、まず1つは精錬され一貫し整理された体系的情報を知識として得るためのツールであること、2つ目は代理体験をもたらすツールである、という認識がある。

その効用をしっかり受け取るためには、一人で、静かな環境で、集中して本と向き合うことが重要と思っている。

もしかしたらそれは、本書で触れている部分の、その先の読者側の態度の問題だから触れていないのかもしれない。

または本が売れさえすれば書店は維持できるし、本の供給網としては衰退を食い止められるから良しとしているのかもしれない。

しかし本にまつわる仕事をし、多くの人に本を手に取ってもらいたいと願うのならば、その後の本との向き合い方をも読者ビギナー的な人々に考えさせるきっかけがあればよかったなと少々残念な感想も持った。

じゃあ私は書けるのか?

ただ、若くしてこのような本が書けるほどの著者だから、本書を世に出した後にきっと周囲との関わりの中から、より良いやり方や方法論を生み出しているのであろうと期待感も持っている。

私が私の考えに基づいて同様のテーマで本を書けと言われたら、まず書けない。

まだそこまでの経験の蓄積と考察が進んでいないことが大きな要因だ。

そんな立場でも文句を言えるということは、本に対する批評など薄っぺらいものだと思う。

そんな薄っぺらな反応が出てくる一方、その薄っぺらいとはいえ「本と仕事」について考えて、どうやって生活や仕事に本を取り入れようかと考える機会を提供したという事実は、それだけで本書が存在する意義を十分に全うしている。

本というのは様々な異なる考えに対して、ある一つの思考の基準を与えるもの。

本書はその基準としての考え方を示し、本屋や本に関わる人々の思考や議論、行動に対して刺激を与え活性化するという役目があったのだ。

以上が私が至った本書読後の感想である。

著者としては全くそんなこと考えていないと言うことも予想できるが、本というのは読み手次第でいくらでも影響を与えることができる、強力な道具でもあるのだということを実感した一冊である。

 

本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本

内沼晋太郎 朝日新聞出版 2009年03月
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