森と文明 A FOREST JOURNY
ジョン・パーリン 著 安田喜憲・鶴見精二 訳
森の存在が文明を発生・発展させた
現在の価値観では、深い森のあるところは未開の地というイメージがあります。
それは未だに人の手が入っていない、自然のままの状態の土地という意味。
そういった価値観が根付く上で「森と文明」との関わりを考えることが重要な鍵となります。
本書は、森が文明発展に必須の要素であり、森の存在に左右された人類の歴史を明らかにし、
私たちの文明がいかに森に依存してきた文明なのかを明らかにしていきます。
本書を読むと、歴史というのは決して人間中心の物語だけではないんだと理解できます。
地球の資源を、自然に回復できないほどの負荷を与えて使い続ける人間の、そもそもの生活
を見直す契機にもなりうる本でしょう。
しかし分厚いので、一般的にはこういう本は読書好きな人向けなのでしょうね。
木材がすべての根元=木の文明
現代に生きる私たちの生活は、いわゆる石油文明と言われるように燃料はもちろん、日用品に
至るまでが石油化学工業によって作り出されるもので溢れています。
今でこそ自然に優しいものや環境に配慮する、という考え方が普及してきましたが、それまで
は地下から湧き出す石油を湯水のごとくに使い倒していました。
そんな現在からは想像が難しいのですが、かつて人類の文明は「木」なくしては成立し得ない
ものであったということができます。
ここで一度歴史を振り返ってみて欲しいのですが、石油の利用が一般的になる前(と言っても
その時代に生きていた人はもういないかも…)には、燃料と言えば薪が代表的でした。
住宅などの建造物、鋤や鍬と言った農耕器具、桶、タライ、車輪、レール、水車…
ありとあらゆるものが木でできていました。
中には青銅や鉄、といった金属を利用することもありましたが、これらを加工する際の
熱源としては、木炭が用いられています。
「木」がなければ何も始まらない、そんな文明だということを、本書は絶えず見せつけます。
木材と肥沃な土地を求める歴史
そんな木材にベッタリと依存する文明だから、人類の歴史は絶えず「森林」をめぐる争いを
繰り返すことになります。
これまで人物がなした出来事の連続としての歴史を学んできた私に取っては、「森林」を
奪い合うことがきっかけに文明間の衝突が起こっている事実は、新たな歴史の視点を得た
ような気持ちになりました。
木材依存の文明は、ついこの間まで当たり前のように存在していたことを思うと、ここ100年
の変化の大きさというのは、画期的な出来事だったのだなあと感じます。
木材依存脱却のその先
木材依存を脱した(未だ依存部分はありますが)現在、石油文明から情報社会に移り、
もはや物質文明が古臭い感じになってきています。
本書は1994年に出版されている本ですから、まだ情報化というには早すぎる、でも情報化
の波は近づきつつある時代です。
そんな節目のタイミングで木材依存の文明の正体を明らかにした本書は、歴史的な意義が
かなり大きな存在になりうるのではないでしょうか。
ただ、この本の視点が米英中心にどうしてもなりがちなのは時代の影響もあるでしょうが、
これでは原題である「FOREST JOURNY(森の旅)」としては未完に思います。
訳者も言及しているように、この本には征服・搾取される側の視点が欠落しています。
細かい描写がなされているアメリカ開拓時の記述では、確かにネイティブアメリカンの
存在は示唆されていますが、彼らが被った「森の喪失」については一切考察がありません。
アメリカに関しては、米英両国にとっての無尽蔵の資源供給元としか認識されていない
ように感じました。
とはいえです。
本書のようなひとつの資源に依存することで、自分たちの生活が崩壊しうる危険性を孕んで
いるんだということを示唆している本はとても貴重です。
現在、物質面ではほぼ化石燃料に依存していると行ってもいい時代です。
一部、持続可能社会の構築に向けて、電気自動車や自然エネルギーによる発電も、研究は
進められています。
しかし未だエネルギー効率の点から石油を始めとした化石燃料の優位性は変わりません。
そして石油資源の争奪戦としての国際社会の駆け引きも健在です。
木材から石炭・石油に世界で最も早くシフトした英国のように、既存の戦略物資に依存せず
に済むようになればかなり優位に立てます。
例えば私の済む日本では、ほとんど化石燃料が採れないためにかなり脆弱な経済構造となり、
一方で産油国は非常に豊かな国になっています。
このようにひとつ乃至は少数の限られた資源に依存することは、パワーバランスを偏らせ、
そして紛争の火種になっていきます。
本書は、一世代前の戦略物資である「木材」をテーマに展開していますが、これを現在に
当てはめて考えてみれば、石油をめぐる世界の争いが浮かび上がってきます。
この先、脱石油などとも叫ばれていますが、どこかひとつに依存せずに済むような、そして
持続可能なエネルギー源の開発が実現できれば、世界の紛争のほとんどはその原因を解決
できるのではないかと思うのです。
まとめ
20世紀に書かれた本、というともうかなり昔の本のように感じますが、まだほんの20数年前
のことでもあります。
にもかかわらず、この本のもつ雰囲気の古典的な渋さ。
米英視点に偏っている内容ではありますが、「森林」「木材」を中心テーマとして据えて
人類史を記述したこととは、歴史の的を得ていてハッとさせられました。
私の知る限りでは、歴史記述の上で人物描写を中心としないものは本書が初めての本でした。
こうした視点からの歴史をもっと深掘りすることで、人類が地球上における持続可能な社会の
構築にも寄与していくのでは、というふうに思います。
でも社会学者とか実際に社会を動かす実務家の人たちは、こういう分厚い歴史書を手に取る
時間もなかなか取れないのでしょう。
それにしてもこの本は、歴史を通じた社会の構築に向けて新しい視点をもたらす良書である、
と言い切ることができる読み応えのある一冊でした。