話し言葉で書かれた哲学入門書
本書は昭和29(1954)年、中部日本放送「教養講座」中の「哲学案内」(全13回)で話された内容を本にしたものだ。
もともとラジオで放送された内容で、哲学の詳細な内容を伝えるというより、「哲学とは」「哲学をするとは」についての多様な視点からの解説を試みている。
哲学入門書はその多くが原著よりも難解でわかりにくい印象があり、実際解説本のほうが読みにくいという事実もあるが(そのせいで哲学自体が難しいものと思われている)、本書は話し言葉であることもあり抵抗感なく読み進めることができる。
講談社学術文庫という、一般向けとはいえ学術的にも厳密性を求められる文庫シリーズにあって、本書は非常に薄く、本文は86ページ程度の本だ。
出版年代もまだ戦後10年経っていない時期であり、現代の文化レベルに慣れてしまった私には、かなり難しいのではないかという警戒感を思いこさせる。
しかしながら本書は、繰り返しになるがラジオで話すための内容である。
それゆえ、出版年代が古いにもかかわらず、私レベルの素人でもかなり読みやすく、哲学それ自体と哲学することについての理解を深めることができる。
隠れた名著なのかもしれない。
本書のテーマ
本書は13回にわたってラジオで放送された内容が本になっている。
それゆえ各章でゆるく繋がりはあるにせよ、読み切れる内容となっている。
本書の目次を引用すると、
まえがき
1 哲学と哲学すること
2 ソクラテスとプラトン −哲学と社会生活−
3 物を考えるとはどういうことであるか
4 人間的出発と体型的出発 −哲学的思考の二つの型−
5 哲学と科学
6 哲学と宗教
7 哲学の三つの類型
8 アトムとイデア
9 唯物論と唯心論
10 観念論と実在論
11 形相と質料
12 主観と客観
13 今日の時代における哲学の必要性について
となるが、哲学の全体像をザッと説明した上で、現在(といっても本書の時代背景から1950年代)における哲学の必要性を引き出す構成なっている。
この本が約70年前に出されてたことを考えると、哲学解説の型としてはやはりセオリーがあるのだろうと言える。
現在でも哲学の入門書的な本では、その言い回しや解説の切り口などが異なるくらいで、大体がソクラテスから始まって今日における哲学の役割を説いてまとめている。
本書がとてもよい本だなと感じたのは、入門として割り切っており、個々のテーマに中途半端に立ち入っていないところだ。
86ページという薄さ、これはラジオの放送時間という時間制限のためであると思うが、その制限のために重要で押さえておくべきところだけをしっかり理解できる構成となっている印象。
もっとがっつりと哲学的な読書体験をしたいと思う方には、本自体を見かけた時の印象は物足りないと感じると思う。
しかし、この本をぜひ手に取ってみて欲しい。
一通り哲学の勉強をした人や個人的に哲学書を読むような方にとっても、「哲学」を他者と論ずるにあたっての論点整理ができることであろう。
哲学が存在する意義を考えるきっかけになる
この本の最終章には、「今日の時代における哲学の必要性について」という章がある。
ここは本書のまとめ的な位置付けであるとともに、哲学入門書としては必要不可欠な章だ。
なんなら哲学や倫理学の教科書に書いてあってもおかしくない内容。
それは、現在の教育や学問は科学技術偏重というか金儲けに偏りすぎていると感じるためだ。
特に日本においてはそれが顕著ではないかと感じている。
私はもともと理系(工学部)出身であり、その恩恵を受ける側の立場にいた人間である。
しかし理系・文系の分け方や技術・工学だけが産業や経済の発展に役立つ、だから尊い、みたいな価値感には違和感を持っている。
技術革新や偉大な発明の裏には、斬新な発送を生み出すだけの豊かな文化的素養が重要であるが、私が過ごた世界では、いわゆる文系的な学問が軽視されているように感じたためだ。
こうした教育や学問分野での雰囲気が遠因となって、今日の日本の凋落が招かれているのではないかと思うのだ。
価値感より深い認識を改めるツールとなりうる哲学
個人的な視点では、おもいやりの心や礼儀正しさが注目されがちの日本人だが、現実社会における我々日本人の心の貧しさ、意地の悪さは目を見張るものがある。
島国根性と言ってしまえばそれまでだが、私は民族的性質が要因ではないように感じる。
経済や産業の基盤となる人間の心の豊かさが見過ごされてきたせいで、その影響が経済界などへの実害としてあわられているのではないか。
私はそういった面から、一度立ち止まって自省を促す手段として哲学的思考の導入を提案したい。
今でこそ哲学カフェなどといった取り組みが増えてきたり、哲学は大切な学問分野だという認識が広がってきたように思う。
だがまだまだ一部に過ぎない。
失われた30年といわれる日本の経済の停滞は、日本社会を構成する私たち日本人の精神性の成長をも停滞させている。
今こそ実利ばかりを追い求める姿勢を改め、精神性の重要さに気づく時なのではないか。
70年前に書かれた本書の最終章には、本質的な視点が備わっている。
つまり哲学が今日において重要とされるのは、そういうことなのだ。
時代を超えて重要な学問であり、すべての学問の祖でもある哲学こそが、閉塞感に包まれ希望を持てない私たちへの復活のヒントが隠されている。
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