ダライ・ラマ 宗教を越えて 世界倫理への新たなヴィジョン ダライ・ラマ14世 著
人類普遍の倫理の模索
ダライ・ラマ14世が説く、宗教の枠に捉われない世界倫理の形成を目指して提起された本。
宗教の指導者が人々の生きる指針を示すと言うのはわかりますが、この本での主張は、自分の
宗教である仏教にこだわらずに、人類普遍の世界倫理と言えるものをつくりましょう、と言う
壮大なものです。
一般的、と言うか私が思う宗教に携わる人は、自分の宗教の教えに非常に詳しく、世の中で
起こるあらゆることを自身の宗教観で語ります。
ところがダライ・ラマ14世はキリスト教を始めとした他宗教についても詳しく、本書の中でも
聖書の文章を引用して見せたりしています。
そう言う異教徒を排斥せずに積極的に理解しようと言う姿勢は、特定の宗教を進行していない
私からみてもすごいことだと思います。
どの宗教も高位の指導者ともなればこれくらいの他宗教への理解はあるものなのでしょうか。
そうだとしたら、末端の信徒のなんと心の狭いことか。
あらゆる信徒が著者のように謙虚に他宗教や他文化をも学ぼうとする姿勢を持てたなら、
世界から大規模な紛争はほとんどなくなるのでは、とすら思えてきます。
そんな偉大な指導者が説く、文化的背景によらない世界共通の倫理構築の書です。
本書の内容
本書は世界の人々が、その文化的・宗教的背景に依らずに、共通の倫理観として持てるものを
確立しようとするものです。
そこでまず第一部では、「世俗の倫理への新たなヴィジョン」として、すでに多くの社会で
認識されている倫理観や、宗教に依らない世俗的な倫理観を突き詰めていきます。
世俗の倫理への新たなヴィジョン
ここでは人類に共通する人間性や、幸福の礎となる慈悲心についての記述が続きます。
この本がすごいのは、考察のスタート地点は著者の専門であるチベット仏教に依ることが
多いのですが、そこから人類普遍の倫理を見出す過程で、どんな宗教であっても、全て人が
幸福に生きるための思想であると裏付けていくところです。
宗教というのは、人間にとって未知のものをなんとか理解しようとして生み出した、ある種の
「知恵」である、とも言えるでしょう。
さらには宗教を通じて社会が形成されてきたとも言えるほど、人類にとっては、かつては必要
不可欠な要素でありました。
現在は宗教に依らずとも自然への理解が進み、宗教の存在意義が薄れてきています。
しかし著者が指摘するのは、人間が幸福に生きるための役割の部分です。
そのキモとなるのが、慈悲の心であるといいます。
これこそが人類が共通に持つ倫理観の拠り所になりうるもので、これをどうやって社会に
浸透させていくかが、第二部の「心の訓練によって精神性を高める」となります。
心の訓練によって精神性を高める
瞑想の本家本元、チベット仏教の指導者が瞑想について指導書を書いているとも言える本書。
本当に熟練した人物というのは、初学者が躓きやすいところや、そこからの復帰の方法など、
かなり網羅的に丁寧に記述されています。
日本の禅では言葉では説明せず、ただ体験的に学ぶことが重視されるような所があります。
しかし本書での説明は、どうにか言語化して読者へ伝えようという熱意が感じられます。
キリスト教圏の指導者とも交流があり、その文化的な背景も学ばれているからこそ、言葉を
大切に、言葉として発信しないと伝わらないという思想があるのかもしれません。
非常にわかりやすく、そしてすぐに実践してみようと思える説明の仕方です。
そして実践しやすいように、継続しやすいように、あらかじめ失敗や挫折しやすい所に先に
対処法が示されているのが、さらに驚いたところです。
ここまで初学者のことを考え抜いているとは、という驚き。
しかしここまで深く考え抜かれた説明を読んでしまうと、試してみたいという気持ちにすら
なってしまうのです。
この本では、世界共通の倫理を提唱するという目的があるのですが、別の視点からでは、
何かを教えたり説明する文章を書くときには、このくらい初学者のことを深く理解して、
あらかじめ躓くであろう箇所で自力でリカバリーできるように道筋を整えておくことだ、
というヒントも得ることができました。
読後感、感想
これまでダライ・ラマ14世については、熱心に世界中を飛び回っている仏教指導者である、と
いう認識しかありませんでした。
この本を読むきっかけは、『PRINCIPLES』の著者であるレイ・ダリオ氏がダライ・ラマ14世と
も交流があり、この人の思想を知るにはこの本だと紹介されていたためです。
『PRINCIPLES』もかなり深い学びを得られる本ですが、そんな深い学びを得た本の著者が、
わざわざ書名まで提示して教えてくれるほどなので思わず買って読んだ次第です。
「人生の原則」「人間の普遍的な倫理観」という、人間存在の根底を深く考察する要素が共通
しているせいか、やはり読んで良かったと思う良書でした。
PRINCIPLESが自分発の世界の認識する視点に対して、
本書は世界の中の自分、という視点を提供してくれる本であると言えます。
そしてこの両面の視点を得ることによって、世界を歪みなく捉える助けになることでしょう。